95年の１月17日。当時、千葉に住んでいたわたしは、早朝に母に叩き起こされ、そのニュースを知りました。
そのときわたしは、前の年の10月ころに神戸に就職が決まっていました。夢を持って選んだ仕事で、何十倍の難関を通り抜けてやっと決まった就職。大きな夢を持っていて、その期待を神戸の街にも投影していた記憶があります。
その神戸の街が燃えていました。瓦礫と化した神戸が炎と煙を上げている様子を、なすすべもなく呆然と見ていました。
そのときはまだ情報が少なくて、実際になにが起きていたのか、全然わからなかった。でも、コンビニで小さなラジオを買って大学に行き、放送をじっと聞いているうちに、死者や行方不明者の数はどんどん増えていきました。大変なことが起きている、そのことだけが伝わってきました。
翌日。センター街に火の手が迫っているという話を聞き、心を痛めました。わたしの知人が、前の年の終わり頃に、やっとの思いで開いた店がセンター街にあったのです。
それから、三宮の駅前で、ビルが倒壊する瞬間の映像。あの風景は、何度も神戸を訪れていた私にも、そして、多くの神戸っ子にも、本当に、本当に馴染みの深い風景だったのです。
その年の３月に、私は予定通り神戸に引っ越しました。まだそのころには、住んでいた灘区から職場のあった中央区までは電車が復旧していませんでした。渋滞と通行止めで車はほとんど動かず、片道20分かけて自転車で移動した方が速いくらいでした。
街はほとんどが瓦礫の山で、壊れた住宅が放置されていました。それらは夏までには撤去されましたが、代わりに残ったのは、なにもない、ただなにもなくなった、がらりとした荒れ地だけでした。それでも壊れたビルはまだそのままで、無人のまま荒れたビルが目立ちました。
そんな街をわたしは、解体現場のホコリの匂いをかぎ、無数の路面の亀裂と段差に苦労しながら、自転車で走り回ったのでした。
もちろんわたしは、地震を直接経験したわけでもないし、神戸の知人は全員が全くの無事でしたから、悲しい思いをしたわけでもありません。
それでもこの経験は、わたしの人生観を大きく変えたのは事実でした。
人間の作ったものが、いかに簡単に失われるのか。
変わらないモノ、失われないモノなんてない。ちょっとだけ地面が気紛れを起こしただけで、なにもかも壊れてしまう。
人間だって、いつ死んでしまうかわからない。
ならば、なにを頼りに生きたらいいのだろう。
いくらお金を稼いでモノを買っても、それに何の意味があるんだろう。そんなものにこだわったって、いつそれが無意味になるかわからないのに。
むしろ、今を生きたい、そんな気持ちになりました。それはけして、将来を考えずに享楽的になる、という意味ではありません。
そうではなく、そのとき、そのときを精一杯生きたい。将来のために苦労したって、今の価値観が将来まで通用するとは保証はどこにもないのだから。その苦労が必ず実るなんて保証は誰もしてくれない。
むしろ、やりたいことがあったら、今やりたい。未来のためだけでなく、今のためにもやりたい。モノを求めるのでなく、今この瞬間を充実させてくれる空気というか、気持ちというか、そんなものを大切にしたい。
将来のためのつみかさねだって、もちろんする。でも、それはもしかして、明日には無意味になるかもしれない。だから、それにはこだわらない。むしろ、１年経てば１年たった、その時の価値の中に生きたい。
もしかしたら、後ろ向きかも知れない、そんな気持ち。でもこの気持ちはわたしを強く捕らえていて、そこから離れられそうにありません。
そしてこの前、小説の取材のために、わたしの人生観を変えたあの空気をもう一度吸うために、神戸を訪れました。
そこで、一つの発見をしました。
わたしの知る、地震前の、そして地震直後の神戸は、この数年ですっかり変わっていました。街は整備され、なんとなくお気に入りだった、どこか泥臭い、良い意味でほのかにくすんだ感じの街は、すっかり綺麗になっていました。
自転車で散々走った通りは、綺麗な色のブロックで舗装されていました。壊れたビルは建て替えられ、三宮駅の周辺で私は、危うく道に迷うところでした。
以前からあった店はまだいくつも残っていたけれど、なんだか違和感が消えませんでした。
わたしの知ってる神戸はもう、ここには無いんだ、そのことに気づいたとき、急に悲しくなってきました。
でも同時に、こうやってあらゆるモノが失われていくんだ、そのことを改めて実感させられました。そのことに気づいたとき、わたしは、まだ少しだけ残った「わたしの神戸」を一所懸命に写真におさめて、街を後にしました。
一応、まだ神戸には懐かしく思える場所が残っているけど、それもいずれは失われるのでしょう。でも、それもこの世界というものなんだろうな、そんな思いが残った神戸行きでした。
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